観音正寺の歴史
推古天皇の時代、近江の国を旅していた聖徳太子は、琵琶湖から浮かび上がっていた人魚に出会いました。
人魚は「私は前世、漁師でした。殺生を仕事としていたため、このような姿に生まれ変わりました。繖山にお寺を建て、私を成仏させてください。」と懇願してきました。聖徳太子はその願いを聞き入れ、千手観音像を彫り、観音正寺を建立しました。
こうして日本で唯一、人魚の為に開いたお寺として受け継がれています。
鎌倉、室町時代には近江国守護職佐々木六角氏らの庇護庇護を受け隆盛しましたが、永禄11年(1568年)織田信長に六角氏が滅ぼされ、慶長11年(1606年)に現在地に復興されるまで荒廃することになりました。
明治に入って彦根城の桜御殿を拝領して移築して本堂としましたが、平成5年(1993年)その本堂が焼失、平成16年(2004年)に新しい本堂が完成。御本尊はインドから特別に輸入された白檀で彫像されました。