長命寺の歴史
第十二代景行天皇の時代、武内宿禰が柳の木に「寿命長遠諸願成就」と彫り長寿を祈願しました。
このため宿禰は300歳も生きたと伝えられています。
その後、聖徳太子がこの地に来た時、宿禰が祈願した時に彫った文字を見つけました。感銘を受けて見ていると白髪の老人が現れ「この木で仏像を彫り、祀るように」と告げました。太子は十一面観音像を彫り安置しました。
聖徳太子は宿禰の長寿にあやかり長命寺と名付けたそうです。
元歴元年(1184年)佐々木定綱が戦死した父の菩提を弔う為に、三仏堂を建立してから鎌倉時代を通じて近江守護佐々木六角氏の崇敬を受けています。
永正13年(1516年)伊庭氏の乱により全焼しましたが、室町時代から江戸時代初期にかけて再建されました。